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皆さん、”Parannoul”というアーティストをご存知ですか?

音楽界隈(特にオルタナ、シューゲイザー界隈)ではしばしば知られた存在である、韓国の覆面ソロアーティストです。私も知ったのはそこまで昔の話ではなく、聴き始めてから虜になり最近聴く機会が多くなりました。
面白いのが、その音楽性。彼の音楽は、マイブラやライドで知られるオルタナのサブジャンル、シューゲイザーなのです。
今回は、シューゲイザーシーンを通して国外から日本の青春文化や耽美主義、ノスタルジーやエモの概念がどう捉えられているかを考察したいと思います。彼の登場はある意味非常に象徴的であると言えます。なぜなら、岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』の台詞を引用しているから……
【”シューゲイザー”とは?】
初学者向けブログを謳っているのでシューゲイザーについて軽く説明を。
シューゲイザーとは、エフェクターを多用した轟音ギターにより、ノイジーでドリーミーなサウンドを表現したものです。マイブラ系統のように、声が埋もれることで独特の浮遊感を再現したり、夢の中にいるかのような幽玄的な世界に没入させたり、さまざまな効果を導きます。きのこ帝国や羊文学、Kurayamisakaなど、近年国内でも非常に盛り上がっているシーンです。
シューゲイザーの名盤と言えば、筆頭に上がるのがMy Bloody Valentine の『loveless』。ノイズに埋もれた儚げなボーカルが、ドリームポップ的なマイブラの特徴です。

他にも、Slowdiveの『Souvlaki』やライドの『Nowhere』など、90年代を土台にオルタナティブロックの文脈で非常に強い影響力を持ちました。
ちなみにスピッツのセカンドアルバム『名前をつけてやる』は、ライドの音楽性に影響を受けた”ライド歌謡”を表現した作品です。

【Parannoul『To See the Next Part of the Dream』】

そして、今回紹介したいアルバムが、こちらの
『To See the Next Part of the Dream』/ Parannoul (2021)
かなり完成度の高いシューゲイザーアルバムだと思います。韓国でロックなんてあまり…..なんて舐めていてはいけません。
マイブラ系統の、埋もれたボーカルと儚い雰囲気、加えて音割れを味として昇華した轟音サウンド、ローファイな響き。
そして、今回特筆すべきなのは、「Beautiful World」や「To See the Next Part of the Dream」などの楽曲の冒頭部分に見られる台詞。
岩井俊二監督の名作、『リリィ・シュシュのすべて』における台詞をサンプリングしているのです。
「Beautiful World」では津田と蓮見との会話、「To See the Next Part of the Dream」では星野が蓮見に打ち明けるシーンでの会話が引用されました。
【『リリィ・シュシュのすべて』について】

この映画について、少し説明が要りそうです。
『リリィ・シュシュのすべて』(2001)は、岩井俊二監督による歴史的名作。いわゆる”鬱映画”としばしば呼ばれますが、ある種リアルな意味での青春映画の金字塔であるとも言えそうです。
軽く、あらすじを。
14歳の蓮見は、クラスの優等生星野と親友になる。しかし、ある時期を境にして星野がいじめっ子へと変貌。その対象は次第に蓮見にも向かっていくことになる。そんな酷な毎日の中、蓮見を癒してくれるのはアイドルの「リリィ・シュシュ」だけ。蓮見は、自身が運営するリリィ・シュシュについての掲示板、「リリフィリア」に、心の内を全て明かし続ける。
いじめや恐喝、援交や強姦、自殺や殺人など、さまざまな現代の若者社会の闇を、ノスタルジックに、かつ耽美的に描いた青春映画の名作。
【日本特有の”エモ”の概念とは?】
以前、こちらの記事にて詳細に考察したことがありました。
日本では、「青春」や「若さ」、「儚さ」や「ノスタルジー」などのいわゆる”エモ”の概念に対する美意識が強くあります。終わりや壊れを美しく感じ、映画や音楽などの芸術において最重要なテーマの一つとして描かれ続けました。
特に、夏という季節は象徴的で、儚さや若さを表現するのにこの上ない舞台になります。例えば、日本映画にありがちな描かれ方ですが、線香花火が落ちた時、一夏の恋の終焉を示唆する描写があったりしますよね。

退廃的で厭世的で、そして耽美的なものを日本人は強く好みます。加えて、ノスタルジーに強い共感があります。
これらを統合し体現したような映画が、『リリィ・シュシュのすべて』であると言えるでしょう。舞台は田舎、いたいけな少年少女たちが小さな世界の中で、もがき、苦しんで生きながらえていく。いじめや恐喝、援交や強姦、自殺や殺人など、さまざまな若者社会の闇と日々闘い続けるさまは、まさに「若く」、「青く」、「儚い」ものです。
【『To See the Next Part of the Dream』が示した、”存在しない青春の記憶”】
話を戻して、『To See the Next Part of the Dream』について見ていきましょう。
作者のParannoulは、日本人ではなく、韓国人です。要は、先述したような日本人の共感覚を、遺伝子レベルで持ち合わせているわけではない。
『リリィ・シュシュのすべて』で描かれた日本固有の景色や色を、彼は完全な記憶として咀嚼しているわけではないと思うんです。
すなわち、”存在しない青春の記憶”。
「想像の中の記憶」という曖昧なものに包まれているからこそ、ノイズに溢れたローファイなシューゲイザーサウンドが大きな意味を持つのです。このアルバムは、理想として美化された日本の青春イメージそのものと言えるのです。だから、非常に文学的で映像的。日本人がこのアルバムを進んで好む理由は明確なのです。
海外の人間が、シューゲイザーを用いて日本の青春文化やノスタルジー、エモの概念を表現しようとしたことは、現代の邦楽史観から見ても非常に歴史的意義を感じます。

※ちなみに、ジャケ写の鉄塔も、同様に『リリィ・シュシュのすべて』のワンカットを引用しています。
【まとめ】
まとめると、
韓国人アーティストであるParannoulが、エモやノスタルジー、青春など、日本固有の概念を体現した映画『リリィ・シュシュのすべて』を引用したことで、外国から見た日本の理想化された青春イメージが可聴化された。加えて、シューゲイザーサウンドにより更なる曖昧性を持たせることで、”想像の記憶の中の青春”を意図的に創出し、日本の青春イメージを再構築することに成功した。これらは、オルタナシーンが隆盛する現代の邦楽ロック視点から見て、非常にエポックメイキングなことである。
というわけです。

以上デス。
本日もご愛読ありがとうございました!それではまた~(╹◡╹)



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