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本日は、最近何かと目にする冷笑主義についての簡単な記事です。なぜかここ最近、Xをはじめとした多くのSNSでこの単語を目にするようになりました。我々カルチャーに精通する者にとっては日常的に使用していたワードであったため、今更流行しているのがおかしな感覚ではあります。
とはいえ、冷笑という文化はあまり良いものではないと思います。文化発展を阻害する審美眼を、シニシズムは助長していると感じます。
しかし、悪い点のみばかりではなく、なんなら文化発展を促進する部分も持ち合わせているなとも思うのです。それが顕著に見られるのが、90年代のカルチャーシーンであったと、振り返ると感じます。それでは本編へお進みください。
【 冷笑主義とは? 】
冷笑主義(シニシズム/ニヒリズム)とは、AIによると、
“ 物事の本質や他者の動機、社会の理想や価値観を信じず、斜に構えて冷めた目で見たり嘲笑したりする態度や思想 “
のことを言うようです。
簡単にいうと、人の夢や正義感に対し、嘲笑する態度で、無意味であると達観したり皮肉ったりする考えのことです。近年のSNSを見る限りは、想像の容易い思想であると思います。
夢を語る政治家や、商業的でポップな音楽を真面目にやっているアーティストなど、人の主張をメタ視点的にアイロニックに捉え嘲笑うさまは、全て冷笑的であるというのが近年の扱い方です。都合の良いワードなので、つい多用されがちですね。
【 80年代のポップカルチャー 】
70年代の後期に起きたパンクムーブメントは、それまでのロックの世界を一掃しました。そこで出てきたのがポストパンクです。
ジョイ・ディヴィジョンやギャング・オブ・フォー、ザ・キュアーなど、多くのポストパンク勢は、やがてニューウェーブというジャンルへと流れていきます。そして、ニューウェーブは80年代の音楽界を象徴するポップジャンルとなりました。キラキラとしたカラ元気なサウンドは、消費主義や楽観主義と相まり、ポップカルチャーとして80年代を彩りました。
ポストパンクは、全てがニューウェーブと流れたわけではありませんでした。ガレージロックなど従来のロックとも結びつき、オルタナティブ・ロックとして統合されていったのです。
ザ・スミスやソニック・ユース、ピクシーズやザ・ストーン・ローゼズなど、80年代後半にはたくさんのオルタナバンドが現れました。ちなみにオルタナティブロックとは、既存のロックの枠組みにはまらずに、独自のサウンドを追求するロックのことです。

(The Smiths『The Queen Is Dead』)
余談ですが、イギリスでも、「セカンド・サマー・オブ・ラブ」と呼ばれる現象が起きており、いわば60年代以来のサイケデリックムーブメントがありました。ストーンローゼズはその中で出てきたバンドでしたね。メインストリームとは外れた、カウンターカルチャー的な共通項として紹介しました。

(The Stone Roses『The Stone Roses』)
まあ要は、80年代は明るいポップカルチャーが市場を占めており、それに対して斜に構えたようなオルタナ勢が控えていました。彼らはまだ市場をひっくり返せるような力はありませんでしたが、メインストリームのポップシーンに対してシニカルな視線を送っていた感じです。
【 オルタナティブ・ロックの覇権 ⇨ ニルヴァーナに象徴される冷笑のパラダイム 】

オルタナは、90年代に入ると覇権を獲得します。そんな時代をレペゼンするのが、カート・コバーン率いるニルヴァーナです。

(カート・コバーン)
ニルヴァーナは、アンダーグラウンドにおいて、パンク由来のオルタナであるグランジというジャンルを大成させました。そこで頂点へ上り詰めた彼らは、名盤『Nevermind』の異次元のヒットで、ロック界全体においても政権を獲得しました。
また、ガンズ・アンド・ローゼズやボン・ジョヴィなどの商業的なハードロックバンドをとにかく嫌い、大衆的なロックを冷笑的な視線で扱いました。逆張りが物凄い性格で、しかし極めて繊細で、現代に蔓延るニヒリズムを象徴するような存在でした。

80年代の名残である商業HR/HMを嫌い沈めてしまったことは、80年代に特有の楽観的なポップカルチャーに反抗するような形となりました。彼らの存在はオルタナをメインストリームに押し上げるほどの影響を持ち、90年代の暗く冷たい時代を先立って引っ張るカリスマとなりました。
ちなみに、90年代のアメリカのオルタナロック対して、イギリスでは逆に明るいロックが流行しました。オアシスやブラー、パルプやスウェードなど、その音楽性はブリット・ポップと呼ばれましたね。当時の英国のカルチャームーブメント全般を、「クール・ブリタニア」と呼ぶこともあります。
80’s : 楽観的なポップカルチャー
▶ 90’s : 冷笑主義的なオルタナティブロック
イギリス : “明るい”ブリットポップ
↔ アメリカ : “暗い”オルタナティブロック
【 日本における冷笑主義的なカルチャー 】
① バブルの崩壊 : 1991年
日本の80年代のポップカルチャーを支えたのは、バブル景気による影響がかなり大きかったのではと思います。80年代後期に訪れたバブル景気は、91年に崩壊しました。90年代特有の暗さや冷たさは、このバブル崩壊による長期不況が影響しているのは間違いなさそうです。
※1991年と言えば、ニルヴァーナが『Nevermind』をリリースした年でもありますね。
② 邦ロックの黎明期

現代にまで続く邦ロックの流行は、主に90年代のオルタナシーンにより引き起こされたものでした。
◎ BLANKEY JET CITY
◎ THEE MICHELLE GUN ELEPHANT
◎ NUMBER GIRL
◎ eastern youth
◎ bloodthirsty butchers
◎ スーパーカー
◎ くるり
◎ GRAPEVINE
◎ Boredoms
◎ ギターウルフ
◎ Fishimans
◎ ゆらゆら帝国
◎ サニーデイ・サービス
◎ BUMP OF CHICKEN
◎ スピッツ
◎ FLIPPER’S GUITAR (渋谷系)
◎ Cymbals (渋谷系)
◎ ピチカート・ファイヴ (渋谷系)
など
彼らは、B’zやGLAY、Mr.Childrenや サザンオールスターズなどのポップシーンど真ん中のバンドたちとは相容れず、独自のシーンのもとで活躍しました。売れる音楽よりもやりたい音楽を優先し、メインストリームとは別の土壌でロックをやり続けました。
③ お笑い ⇨ ダウンタウンの全盛期

音楽界のみならず、日本ではカルチャー全体に冷笑的な空気が流れていました。その象徴の一つが、お笑いコンビのダウンタウンだったと思います。
彼らは、即興性とシュールを美学としたお笑いを展開し、漫才やコントの途中で笑ってしまったりと言ったような、メタ的な要素をお笑い界に持ち込みました。その鳥瞰的な視点が、既存のお笑いの空気を新しい角度で壊しにかかり、真正面で熱血的な笑いの姿勢に対抗する形で挑みました。
ダウンタウン以降、一歩離れたところからボソッと呟くタイプの芸人が爆増しました。彼らの(特に松本人志の)フォロワーは、そんな松本の生み出した冷笑的なお笑いの形に憧れ、動き回り喋りまくりで自ら取りに行くタイプのお笑いを目指しませんでした。
ガキ使の名企画である理不尽シリーズは、ダウンタウンの二人が、番組のゲームで後輩に負けそうなったら、その後輩を理不尽にこじつけた理由で逆ギレするという図を笑いにしたものでした。まさしく、冷笑主義的な思潮を加速させていたに違いありません。でも、それがお笑い界一のカリスマコンビとなりました。
【 2000年以降 : エモカルチャーの時代 】

世紀が明けると、アメリカでは音楽シーンのメインストリームが、ロックからR&BやHIPHOPへと完全に移りました。日本でも、ロックは残存し続けていますが、明るいポップスがより全体的に増えていった気がします。
同時に、SNSが世界中に普及していきましたよね。共感や日常感は、インターネットの普及によりZ世代の思想の象徴となりました。
こうして、90年代の冷笑主義への内省的な思想として、”エモ”の感覚が次第に広まっていきました。青春やノスタルジー、若さや儚さなど、いわゆる”エモ”い概念が、映画や音楽などのカルチャーを通して、共感覚的に浸透しました。
映画では『青い春』、『リリィ・シュシュのすべて』、『蛇にピアス』、『君の名は。』、『ちょっと思い出しただけ』など、音楽ではくるり「ばらの花」、BUMP OF CHICKEN「天体観測」、KIRINJI「エイリアンズ」、ヨルシカ「花に亡霊」、青葉市子「いきのこり●ぼくら」など。
【 冷笑主義者の文化発展への貢献 】
冒頭で、冷笑主義は文化発展を促進する部分も持ち合わせていると話しました。
音楽に向き合う世の中の人間を二分化するとなると、大衆と評論として分けられると思います。音楽で言うと、大衆は一般リスナー、評論は音楽雑誌ライターなどの評論筋のことです。この二つはいつの時代も対立し合い、どちらの評価もともに高いアーティストやバンドは、ほとんど存在していないと言えるくらいに、両者は相容れない存在でした(ビートルズくらいじゃないですか例外は)。
それで言うと、冷笑主義者は評論サイドに分類できると思います。要は、オタクなのです。大衆に媚びず、自分の好きなものをしっかりと信じ主張するさまは、むしろそのカルチャーを本気で愛している者の姿勢です。

ポップソングを否定し好きなバンドのロゴをノートに書き殴っていた人間、クラスの人気者が取る笑いを教室の端で斜に構えて見ていた人間、そんな学生時代を送った人たちは、皆そのカルチャーを愛し、本気で向き合っているからこその姿勢なのです。生まれながらの冷笑主義者は、多少は生きにくいかもしれませんが、それでも文化を作ってきた側の人間でもあるのです。もちろん、それは大衆があってこそのものですけれどね。
以上、90年代に象徴される冷笑主義とカルチャーへの影響についての簡単な歴史と考察でした。思ったより長くなったな。私の感覚で書いたものもたくさんあるので、多少間違っている情報もあるかもしれません。情報の一つとして、冷笑的にご覧くださいな。
本日もご愛読ありがとうございました!それではまた~~(╹◡╹)




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